舞うカタクリの花が、鶴の求愛ダンスに見えたのは目の錯覚か

 3月27日、前日放映された水芭蕉風景が嶺公園らしかったので、嶺公園に水芭蕉を撮りに行く。が、まだ3分咲き位でがっかりした。考えれば、至極当たり前のことで良い所撮りしたテレビ放映だった。よく見ると、水が流れ出していて一週間もすれば辺り一面水芭蕉景色に変わるだろう。

 ときに、4~5日前に水芭蕉の記事(咲き始めの水芭蕉、木道にエントしてローアングルで超アップでパチリ)を掲載したばかりなので今回撮らずにぐんまフラワーパークに行く。

 フラワーホールでは、ランの展示会が開催されていた。ランの花は何時見てもきれいだが、何故か身近に感じられず、醒めた目で見ている気がする。冷たい花の印象で親しみが薄いのだろう。

 そんな気分で見ていると、壁に凄いランの写真が並んでいた。この写真に感動し吸寄せられるように見入っていると、『ランの島、ボルネオを愛した男』、写真家(ランの保護活動家)稲守敏朗・遺作展とあった。

 鉢植えの生花よりも感動した凄い写真だった。写真家の魂がほとばしるテレパシーのような圧迫感を感じ、しばし立ち止まり見入っていた。一流の人の凄さだ、と感じていた。

 そんな写真を見た後我に返り、何を撮ろうか歩き出した。一週間前カタクリが、ポツンポツンと咲いていたが全ての花が萎れているのを見ていたので今年はダメだと半分あきらめていたのだが、もしかすると、カタクリが咲いているかもしれない、と淡い期待に変えて向かった。

 数こそ少ないが咲いていて、見頃の艶のある美しさだった。

 それに、カメラを近づけ目検討でローアングルから、パチリ。何回か試行錯誤するうちに撮れた写真。

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ファインダーを覗いた写真にはない大胆な構図。無論、目検討だから偶然の写真だ。

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この写真は、地面にカメラを置いたような状態でレンズを上向きで、パチリ。

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見下げる角度で、パチリ。鳥の飛ぶ姿を鳥よりも高い上空から眺めているようなイメージで、パチリ。

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反対に見上げる角度で、パチリ。

 躍動感のある鶴の舞う姿、それも鶴の求愛ダンスに見えたのは目の錯覚か。寄る年波、乱視に加え右目の白内障も進み視力低下も著しい。次回の運転免許更新までに白内症の手術をしなければ・・・、と75歳の現実が待ち受けている。

 それでも、悲壮感などなく楽観的な生活をしている。幸い、足腰などに異常はなく写真撮影と創業だけを考えた生活になっている。他のしがらみなど捨てることにしている。

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ときに、ハローグラスでは、花図案に始まるステンドグラス加工品の美のおもてなしで、癒しや感動サービスを提供し、楽しくて心健やかな生活を応援する感性ビジネスを考えている。

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投稿日:2017年03月31日