ガラスのひび割れアートのようなステンドグラスのような敷石風景

 久しぶりにいせさき市民の森に立ち寄ってみた。

 早春の河津桜や万作、梅、桜、シャクナゲ・・・と5月頃までは、いろいろの花が咲く。しかし、ボケやあじさいが咲き終わる初夏以降になると目立った花はなくなる。

 夏から冬にかけては殆ど花のない時期でサザンカの咲くのが待遠しい。なので、初夏以降になると自然に足が遠のいている。

 今回も、境・御嶽山公園~まゆドーム~いせさき市民の森、巡りの最後だった。この時期どこも気に入った花もなく空振りが多くなり一枚も撮らず終いで、気分転換にウオーキングすることが多くなる。

 で、足元をみると、ひび割れアートのような敷石風景が噴水広場に広がっていた。

 石垣と同じように石組した敷石の床面が、反射光で輝いていた。石と石の間に詰められたセメントは伝統的なステンドグラスの半田線のように美しい。

 この半田線のような区分けの境界線が敷石の形で決まること。職人さんが石同士の相性を見ながら組み合わせたもので、デザインがあったわけではないだろう。

 デザインしたわけでもないのに、出来上がったものにアートのようなデザインの美しさを感じているのだから、不思議だ。

 そんな光景を、パチリ。

 ひび割れアートは、興味があり過去にも下記の記事を書いている。

 地割れした蓮田に、ガラスひび割れアートや城郭の石垣模様が・・・

 幹別れした老桜の一本の幹が、高く伸びきれいな花を咲かせていた

hibi16111.jpg 反対側の光景。職人さんが石の形を見ながら配置した結果がアートぽいデザインになったわけで、偶然や自然の影響が大きい。これは、石垣と酷似している。

 そして、ガラスのひび割れアートに似ている。ガラスのひび割れも、デザイン通りに割れたものではない。割れた結果がデザインしたアートのような美しさに引き込まれる、と言うことだろう。

 強いて言えば、偶然がデザインした、としか思えない。これは、予見できない美しさのような気がしている。それが、魅力なのだ。

hibi16112.jpg

 ところで、11月7日の読売新聞・くらしと家庭欄に、"割れたアート私が見える"、"川上麻衣子さんスウェーデン製の置物"の見出しでガラスの割れてもアートとしての力を持つひび割れアートについて、 割れたからって捨てられません、と語っていた記事だった。

 女優・川上麻衣子さんのガラスデザイナーとしての顔に驚いた。二つの顔の重なった演技は、独特の風合いが出てくるだろうな、と感じた。

 ときに、ハローグラスでは、花図案に始まるステンドグラス加工品の美のおもてなしで、癒しや感動サービスを提供し、楽しくて心健やかな生活を応援する感性ビジネスを考えている。

zu149.jpg

ハローグラス・トップページへ

投稿日:2016年11月11日