むかしの最近のブログ記事

明日19日がビジネスプランの締切である。

昨日から丹念に読み直しては、誤字・脱字をチェックしている。

そして、テーマを決めた。一行(34字以内)の制限である。

「おしゃれなステンドグラス用ガラスピースで作る、癒しの衝突防止マーク」

何のことか、わかりますか。

 

玄関等の透明ガラスのドアやウインドウに貼るマークのことです。

時折、ぶつかったりして危険なため透明ガラスがあることを知らせるため。

最初考えたテーマは、

「加工ガラスの工業生産化で、感動商品のネット販売」だった。

これでは、抽象的な表現で、肝心な商品が見えないと判断した。

 

1ヶ月に及ぶ悪戦苦闘を、凝縮したつもりである。

ニッチな商品だが、感動商品第1号、あっと驚く商品でもある。

創業時の商品は、これで充分である。

いままで、あれも出来るこれも出来ると欲張っていた。

しかし、身の丈に合った創業とは、ここまで深堀りすること、と解釈した。

この深掘り作業が、実に大変な作業だったわけである。

普段、考えていることを、さらに一段掘り下げることは、混乱を招き、さらに決断を要した。

bus20.jpg

11月28日伊勢崎商工会議所主催の創業塾を受講した。

午後の講師は品田健二先生で第8講「資金管理・資金調達」の話だった。

カリキュラムにある資金繰り、資金調達、利益計画など資金管理については、軽く流して終った。

後は、実務で役立つような諸々の話があった。

それが、とても参考になった。

① 成功した企業家の特性チェック

  1 自己実現より、顧客ニーズを優先している。

    私は、自己実現優先型、と自覚している。需要創造を目指す。

    売上は程々で良い、むしろ希少価値を高めたい。

  2 予定行動の次の次のシーンを連想している。

    連想する訓練をしたい。

  3 アクションの前に頭脳演習をしている。

    習慣化したい。

kiku43.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

② 連帯保証と根保証の怖さについて

   通常の保証で100万円の連帯保証人になったら、何があったとしてもその100万円を返済すれば事足りる。

   だが仮に5年間で1000万円の根保証契約が締結されていると、最初の借入れが100万円でも、5年間のうちに借主が追加の融資を受けてしまったら、限度額の上限である1000万円まで保証しなくてはならない。

③ 口約束は原則OK。ただしどうやって証明するかが問題。 

   トラブルになった場合、証拠になるもの

   1 電話の録音テープ         2 メールの文面

   3 第3者の証言            4 当事者の証言

ビジネスは、いつトラブルに巻き込まれるかわからない。

知らないことで巻き込まれることのないように注意したい。

まして、油断は禁物だ。

私も裁判を経験し、東京地裁に何度も足を運んだことがある。

売掛金の回収と納品ソフトウエアの瑕疵(かし)問題である。

この時、初めて請負契約の厳しさを知った。

このことは、私が受注開発(請負)に見切りをつけるきっかけになった。

以降、一層自社製品開発の夢にかけるようなり、今日に至っている。

kiku44.jpg  

私は、以前東京の四谷でソフトウエアハウスを経営していた時期があった。

ソフトウエアの受託開発で運転資金が3~6月分必要な経営形態であり、

かつ社員・アルバイトを含めると20人規模だった。

自社製品開発の夢を持ち、東京都の異業種交流会等にも参加したが、

結論は具体化できなかった。

hasu67.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原因は、時代の波に乗っただけの、成り行き任せの創業だったからである。

最初が肝心、と言う言葉など気にせず、どうにかなると突っ走っただけだった。

自社製品開発は、手間賃仕事とは異なり、困難が多いことを甘くみていた。

経営形態の違い、開発資金の調達など、準備も心構えも足りなかった。

今振り返ると夢に具体性がなく薄っぺらなもので、ただ念仏のように

仲間同士で話していただけの裏付けの足りないものだった、ように思える。

だが、幸いなことに入居ビルの建て替えで立退き料として、数千万円(当時の

売上げの約半年分)頂き引っ越した。バブルがはじける頃の話である。

この後個人に戻り、夢だった自社製品の開発に入り、現在に至っている。

この経験から、設備投資と運転資金(人件費)には注意する、ことを学んだ。

hasu68.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今度創業するときは、身軽な企業、シンプルな企業を考えていた。 

具体的には、ファブレス企業(Fabless Companyを考えていた。

辞書には、設備投資のかかる製造部門を持たず、製造は他社にまかせて、

ソフト開発・企画・開発・販売などをもっぱら行って収益をあげる企業である。

自社の得意分野への経営資源の特化他企業との戦略提携などによって

可能になる、とある。 

私の場合は、弟とその子供が機械部品加工業の政広精密を創業し、現在

頑張っているが、そこで加工部門を引き受けてくれる話がまとまりつつある。

これには、共生と責任範囲を明確にする考えが基盤となっている。

また、オンリーワン技術を共同で深耕したいと考える。

私は、なるべく身軽で、少ない資金をオリジナル商品開発に集中投資したい。

そしてファブレス経営で、利益がでるようなオリジナル商品の開発・ひいては

ネットショップあおいで販売する事業プランを考えている。

hasu69.jpg

夏の夜の思い出は退魔寺・水神宮の花火とほたる

| コメント(0) | トラックバック(0)

私が初めて花火を見たのは、退魔寺・水神宮の花火だ。hanabi2.jpg

子供心に身近な

お祭りで、

暑い夏の7月31日は

楽しく笑顔の家族

団欒の思い出が

詰まっている。

スイカを

ほおばりながら、

花火に見とれた。

子供の頃は、

ポーンポーンと

散発的な打ち上げ

花火より

水中を動く

水中花火の

きらめきと煙の

迫力が目に

焼き付いている。

そして水車で回る仕掛けの燈篭を父や叔父が合作で作り浮かべていた姿、

母がかいがいしくお客様をもてなす姿などが偲ばれる。

貧しかった子供の頃の明るい貴重な思い出である。

忘れていたが、その頃は広瀬川の川辺にもほたるが飛んでいた。

竹ぼうきで追いかけた、なつかしい思い出もよみがえる。

今から60年程前の話である。

ところで花火の写真だが、隅田川花火、江戸川花火・・等々撮りに出かけたが

私には、土浦の花火が一番印象に残っている。

今花火の写真を見て、水中花火の写真が1枚もないのに気が付いた。

今年は、出来たら水中花火の写真を撮りたいと、今から心待ちにしている。

hanabi1.jpg 

 アクセス解析の中に、腑に落ちない検索キーワードを発見しました。

それは「産業財産権 市場規模」です。

以前、「知的財産権セミナーを受講する」と言う記事を書いてます。

その記事のキーワードとして指定したのは、知的財産権、産業財産権

特許権、著作権だけであり、市場規模は指定してません

なのに検索キーワードになっているとは?

しかし、記事を良く見ると、文中に「市場規模」がありました。

念のため、「産業財産権 市場規模」のキーワードで

Yahoo検索してみましたが上位50にはありません。

Google検索で17位にありました。

これでハローグラスへ飛び込んだものと思われます。

sijyoukibo.jpgこれは、Google Robotの人口知能の成せる技かとも思えます。

記事中の「市場規模」を拾うとは、どう言うことなんだろうか。

まさかエディターによる手作業とは思えません。

産業財産権の価値を考える場合、市場規模が大きな要因であり、

この推定値から需要量の推定へ・・・・・そして投資価値の推定・・・・・。

こんなことから産業財産権の関連キーワードとして、

「市場規模」が人口知能に認識されているのだろうか?

文中にこのキーワードが存在することで、タイトルと記事が一致している、

と判断する・・・こんなからくりなんだろうか?考えすぎかな!

すぐれものの人工知能がわかる人、教えて下さい。

そして人口知能年齢は今何歳位なんだろうか、と頭をよぎりました。

sakura1.jpg

 

桜のつぼみ

です。

 

 

 

 

 

 

 

この写真は、筑波山麓の廃駅となった「真壁駅」のホームの老桜です。

私にとっては、一生忘れられない思い出の写真です。

およそ20年前、年号が平成に替わった頃撮ったものです。

そして、これからは「好きなことをやろう」と決心し、今に至ってます。

ご存知ですか、ポラロイド写真

| コメント(0) | トラックバック(0)

写真を整理していると、また珍しい写真が出てきました。

私の四谷時代のソフトウエアハウス(事務所)の写真です。

20数年前撮ったポラロイド写真です。

ご存知ですか、ポラロイド写真?

File0111.jpg

 

年配の方は

知っていると

思います

 

当時の写真は

アナログで

お店で

印画紙に

焼いて もらい

ました。

急ぎや 撮った

その場で

見たい人の

ために、 このポラロイド写真が普及しました。

多分、私も会社の説明資料として急いでいた時に撮ったものと思われます。 

 とにかく、その場ですぐ見たいとか、急ぎの場合とか、に重宝しました。

yotuya2.jpg

 

 

パチリと撮ると

カメラから

数秒で

この写真が

現像されて

出てきます。

 

 

yotuya3.jpg

 

その秘密は

この写真の

裏側に

あります。

裏側の

黒い部分に

現像液、

定着液が

入っています。

 これで、撮ったその場で現像します。

多分、現在はあまり使われていないでしょう。

振り返って40年、背伸びしたチャレンジ人生

| コメント(0) | トラックバック(0)

今、気が向いた時に昔の写真を整理しています。

そうしたところ、セピア色した珍しい写真が出てきました。

File0116.jpg

 

40年程前の

写真です。

私がまだ

27歳位

の時です。

 

珍しいのは

私では、

ありません。

写真は、ある大手企業の40年前のコンピュータ室です。

バックに写っているのは、確かIBM360Model40と呼ばれた

汎用コンピュータです。コンピュータ創成期のベストセラーコンピュータで、

マニュアルの殆どが英語版の時代でした。

このころから、これを真似た国産コンピュータが作られた、と思います。

驚くのは、このコンピュータのCPUメモリーが32キロバイトでした。

そして、このメモリーはコアメモリーと言い、写真右側の青いボックスの中に

ズラーッと収まっていたことです。この箱が数個あった様な気がします。

この他に磁気テープ、磁気ディスクと言った装置が所狭しと並んでいました。

今では、この1000倍程のメモリーがノートパソコンの中に入ってしまいます。

boke1.jpg 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、私達はアセンブラーと言う言語でプログラムを書いていました。

非常に、面倒で緻密な作業でした。

プログラムをアセンブルすると16進数になり、これを実行しました。

その16進数から、逆にプログラムを読むことが出来ました。

こうして16進数で表示したプログラムを修正しながら、テストしたりしました。

当時は、コンピュータが貴重なため、テスト時間が少なくて

順番待ちで大変でした。そんな時代でした。

とても、コンピュータを自分で持てるとは、夢にも思っていませんでした。

こう思うと今は、40年前とは隔世の感がします。 

まして、インターネットの時代になるとは・・・。

想像をはるかに超え加速度的なスピードで進歩していることを実感します。

boke2.jpg 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから先、どこまで進歩するのか、楽しみでもあり、怖さもちょっとあり・・・。

この流れの中で、私も何度か変身しました。プログラマー、SE、ソフトハウスの

設立、手間賃収入からの脱皮、そして自社商品開発の夢へ、と

気持とはうらはらに、能力以上に背伸びしたチャレンジ人生だったと思います。

特に自社商品開発の夢にチャレンジ出来た者は、同業の仲間内でも極少数

でした。そしていまだに、そのチャレンジは進行形です。

最近は等身大で肩肘張らずに、あせらず休まず無理をせずあきらめず、に

生涯現役で長生きすれば達成できる?を信条にチャレンジを続けたい・・・・・。

※ブラウザのJavaScriptをONにして、Flash Player9以上をインストールしてください。
Get Adobe Flash Player
  上のCM 拡大版

 

ハローグラス ホームぺージ

 

2012年1月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
たそがれ広湧 似顔絵


癒しマークの商品プラン
癒しマークの商品プラン

 

プレゼンテーション用創業プラン・パワーポイント

 

加工ガラスのものづくり・PDF

 

ウェブページ

お遊びジグソーパズル
Powered by Movable Type 4.23-ja